2014年4月25日金曜日

「英語にハマりませんか?」No.99

1週間のごぶさたです。

土日に大学時代の仲間と伊勢神宮に参拝、水曜日に1日がかりの大腸内視鏡検査などなど、
イベント満載で、ふと気がついたらブログがまだということで、何はともあれ、伊勢神宮に
ついてちょっと書きましょう。

いやー、得難い経験でした。

20年おきに行われる「遷宮」が去年終了したということで、普段は入れない内宮まで
(といっても入り口ですが)行って参拝させていただきました。

初めて見ましたが、あくまで簡素な木組みでありながら、木の11本の細部まで入念に
仕上げられていることが遠目からも分かり、それが周りの木々と組み合わさると、あくまでも
控えめだけれど、不思議なまでの威厳と荘厳さを醸し出しており、日本の伝統文化の
まさに象徴だなとしみじみと感じ入った次第です

ノートルダム寺院などの西洋の伝統建築の持つ強い自己主張がもたらす驚きや感動とは
違った、あくまでも静かな味わいですね。

一方で、参宮する人々はひきもきらず、おかげ横丁は赤福を初めとするさまざまな店が
ひしめき、なかなか入念にプランニングされた町づくりだなという印象でした

ということで、

折角参宮させていただいたので、そこが英語でどのように表現されているかをお馴染みの
ウィキペディアから抜粋してみましょう。

まず、紹介部分では、

Ise Grand Shrine is a Shinto shrine dedicated to goddess Amaterasu-ōmikami, 
located in the city of Ise in Mie prefecture, Japan. Officially known simply as Jingū, 
Ise Jingū is in fact a shrine complex composed of a large number of Shinto shrines 
centered on two main shrines, Naikū (内宮) and Gekū (外宮).

と書かれています。

天照大神を祭った神社ということです。

英語にしてしまうとひたすら「shrine」となるので、「内宮と外宮」という独特の響きを持つ
言葉のニュアンスが消えてしまうのは残念ですね。

そして、伊勢神宮の建築様式については、

The architectural style of the Ise shrine is known as shinmei-zukuri, characterized by extreme simplicity and antiquity: its basic principles date back to the Kofun era 
(250-538 C.E.).

なるほど「extreme simplicity」というのはうなずける表現です。
古墳時代から続いているのか。

そして、

The shrine buildings use a special variant of this style called Yuitsu-shinmei-zukuri 
(唯一神明造), which may not be used in the construction of any other shrine.

ということで、この建築様式が伊勢神宮でしか使えない神明造の中でも独自なものである
という説明で、それでなんとも言い難い新鮮さとオリジナリティを感じたのだと納得できます。

ということで、

20年ごとに行われてきている遷宮については、

The old shrines are dismantled and new ones built on an adjacent site to exacting 
specifications every 20 years at exorbitant expense, so that the buildings will be 
forever new and forever ancient and original.

と書かれています。

exorbitant expense」(途方もない費用)というのは、実際に支出される金額もさること
ながら、多くの人々が20年にわたって関わるという意味での努力という意味で想像を絶する
スケールのプロジェクトだということです。

古い神宮が隣に残されていましたが、苔むして何とも言えない渋さでした。
20年後には解体されて別の神社の建築などに利用されるとのことです。
究極のリサイクルですね。

なるほどね、こうすればオリジナルは永遠に継承されていきます。

と今さながらに感じ入ったところで、赤福の社長解任のニュースが流れてきました。
あの荘厳な神社のすぐ近くでこんなドロドロしたことが起きているなんて、いやー世の中
色々ありやす。

今回はこんなところで。

2014年4月16日水曜日

「英語にハマりませんか?」No.98

今回は久しぶりにEconomistの記事です。

2週間前の号ですが、ロボット特集ということで、ロボット開発の現況が巻頭記事になって
います。Economistは技術にも関心が高いですね。3Dプリンティングも比較的早く取り上げ
いました。

ということでタイトル部です。

New roles for technology
Rise of the robots
Prepare for a robot invasion. It will change the way people think about technology
Mar 29th 2014

Rise of…」-立ち上がり、進歩といった感じなのですが、日本語訳としては「進歩する
ロボット」という感じか、あるいは、もっと思い切ると「ロボット時代の幕開け」ですか。

the robots」-(色々な種類の)いわゆるロボットということなのでしょう。Theを付けないと
らゆる定義のロボットが含まれてしまうことになると。

the way people think about ….」は、「・・・」についての考え方ということで、色々な形で
使えますね。


ということで、冒頭です。

ROBOTS came into the world as a literary device whereby the writers and 
film-makers of the early 20th century could explore their hopes and fears about 
technology, as the era of the automobile, telephone and aeroplane picked up 
its reckless jazz-age speed.....

ロボットは20世紀初めに文芸作品における仕掛け(小説や映画で描かれる想像上の産物)
として世界に登場したという書き出し。この頃は、自動車、電話、飛行機が急速に普及した
時代であったと。

reckless jazz-age speed」-なかなか文学的な表現です。

ところが、

想像上の産物から実際の存在への進化してきたものの、ロボットはちょいがっかり(ちょっと
期待外れ)という存在に終始してきた(「Since moving from the page and screen to 
real life, robots have been a mild disappointment.」)と指摘します。

つまり、

人間が自分ではできないことを代わりにやってくれるのだが(「They do some things that 
humans cannot do themselves....」)、工場などの決められた場所以外での仕事と
なると、依然として非常におバカさんである(「robots are still pretty stupid」)と、反論
できないのをよいことに随分な言いようです。

ところが、

現在はこうした状況は変わろうとしているようである。(「That seems about to change.」)
というある程度ぼやかした表現になっています。

その原因としては
半導体、センサー、高速通信技術の発達は大きい(「The exponential growth in the 
power of silicon chips, digital sensors and high-bandwidth communications 
improves robots just as it improves all sorts of other products.」)

さらに、ロボットに特有の3つの要因が働いている(「three other factors are at play」)

ひとつは
研究開発がしやすくなったこと。ある技術の発達が容易に他の分野に応用できるようになり、
技術的なプラットフォーム(基盤)を作るコストが低下した。その結果、ロボットの開発費用が
大幅に低下した。

2番目の要因は、
ロボットへの投資が活発になったことで、グーグルはロボット関連のスタートアップ企業8
を買収した。これにクラウドコンピューティングや人工知能の技術が組み合わさるとどうなるか
楽しみである。

3の要因は
想像力である。ちょっと分かりくい表現ですが、つまり、最初の頃は思いつかなかったような
分野に応用範囲が広がっていることですな。たとえば、映画「ゼロ・グラビティ」が撮影できた
のはカメラと照明を動かすロボットのおかげだそうです。
さらに、無人機(ドローン)も応用範囲が農業、交通管理その他に広がりを見せている。


と、ひとしきり急速な発展状況を紹介したところで、マイナス面に移ります。

お馴染みの、ロボットが人間に置き換えられることで雇用に悪影響があるという議論で、
アマゾンの倉庫で活躍するロボット、あるいは、農業でも雇用数が大幅に削減するのでは
という観測です

ということで、
ロボットと人間との関係はどうなるのか、どうなるべきなのか。

ここで、

Robotic prowess will to some extent be taken for granted.

という表現が出てきます。

prowess」―優れた技術(腕前)

そのまま訳すと「ロボットの持つ優れた技術が当たり前と思われる」となりますが、後の文章を
読んでいくと「優れた技術としてのロボットだけが語られる」という意味合いですね。

つまり、ロボットが単独で活躍する(人間のできないことをする)という未来像が語られがち
だが、人間との共存というビジョンもあるという提言です。

ここで、日本のアザラシの赤ちゃんを模したロボットを例として挙げています。

A Japanese robot resembling a baby seal, which responds amiably to stroking 
and can distinguish voices, seems to help elderly patients with dementia.


さて、最終結論の部分です。

People, companies and governments find it hard to discuss the ultimate goals of 
technological change in the abstract. ........ robots can serve not just as workers 
and partners, but as purveyors of new perspectivesnot least when the people 
looking at them see the robots looking back, as they one day will, with something 
approaching understanding.

人々、企業、政府のいずれも、技術の進歩がもたらす最終目標について抽象的に議論する
ことに難しさを感じている(議論ができないでいる)。どう考えたらよいか。

エコノミストの結論は、ロボットは単なる労力ではなく、パートナーでもなく、新しい見方や
考え方を示してくれる存在(「purveyors」―発信源)になり得るということのようです。

特に(「not least」)、ロボットを見た時に理解に近い感情を伴って視線を返してくれるといった
ような時代が来た時にそうなるだろうと。

something approaching understanding」というのは、トリッキーな表現ですね。

ちょっと分かりにくいですが、ロボットのさらなる発達によって人間との間で今まで思っても
みなかったような近しい関係をもたらすような存在になるのでは、あるいは、なってくれれば
よいなということのようです。

哲学的な命題も含まれるだけに、よくよく読むとなかなか手ごわい記事でありました。

2014年4月11日金曜日

「英語にハマりませんか?」No.97

今週は、仕事が久しぶりに忙しいことにかまけ、さらに、掲載しようと思っていたエコノミストの
記事がちょいややこしい(仕事の合間なので余計そう感じるのでしょうが)という言い訳を
つぶやきつつ、さぼってきました。

アップロードでお世話になっている参謀(長年私をサポートしてくれているビジネスクリエーター
です)のはげましを得て、とりあえず「iBooks礼賛という小ネタ(この間もそうか?)でお茶を
濁すことにします。

いやー、しかし、意外な驚きでしたね!

もう4-5年前からiPadは使っていて、Economistはじめとする海外ニュースサイト、
YouTubeCBSの動画、そして、ゲーム(先週書きましたようにCandy Crushもやってない
くらいですから、addictedではありません)を楽しんでいたのです。

また、iTune Storeでは音楽やポッドキャストはダウンロードしていたのですが、「iBooks
やっぱり紙の本がよいということであまり関心ありませんでした

ところが、ここにきて、
外出時にiPadからネット接続用として使っていたルーターが3Gでつながりにくく、使い勝手が
悪いので契約終了としました(自宅兼オフィスがWiFiになっているので「homebody」(家に
いるのが好きな人)としては十分かなと)。

それでも、外にiPadを持って出た時にネットにつながらないとちょいと手持無沙汰というか、
さみしいという感じがしてきたところに、ふと思いついたのが「iBooks」です。

試しに家にある英語の本がどれくらい販売されているのか検索したところ、
ヒットに次ぐヒット!

The Devil Wears Prada」を皮切りに、
ちょっとレビューが中断していますが「All the President’s Men」、
The Facebook Effect」などなど。

これまで仕事の合間に楽しんできた本がぞろぞろということで、値段はちょいと高めであるが
サンプルを取得してみました。

すると、読み心地がよいのですよ!持っている本はペーパーバックが多いので、開きにくく、
字も細かいのですが、「iBooks」版は、さっとスクロール、字も読みやすく(拡大はしませんが
十分なサイズです)、何よりも、新しい単語や参考になるフレーズが目につくと、意味を調べ、
マーキングをしないではいられない私にとって、ハイライト機能はどんぴしゃりです!

指を触れるだけで意味は分かるし。また、細切れに読んでいくのが好きなので、中断した
ページからすぐ再開できるしと、至れーり尽くせーり。

ということで、

次々と購入し、著作権の期限が過ぎて無料で提供されている古典(夏目漱石の「吾輩は猫で
ある」も久しぶりに読みたいなということでゲット)も含めて既に10冊以上がデジタル本棚に
収まっております。

すごいですよね。

10冊以上の本を持ち歩くことができるという、便利な時代です。こういう技術を開発してくれた
人に感謝ですね。

ということで、

今後は2-3冊同時進行で曜日、気分、場所に応じて楽しんでいくつもりです。
また、使い勝手などで何か発見がありましたら報告します。